今日は、オザビエル(私)が、
精神神経科・斎藤病院名誉院長
斎藤 茂太(さいとう しげた)さんの著書
『「もう疲れた」と思ったときに読む本』から
実践していきたい
「幸齢者mind」をお届けします。
目次
1 母は、飛行機に乗るのが好きだった
これまでの人生の道筋を、
いつも自分のペースで歩いてこられたわけではない。
ただ、どんなときも「ほどほど」という気持ちを忘れずに、
仕事だけではなく、趣味も、人づきあいも、
楽しんできたつもりだ。
今改めて振り返ってみれば、
そのおかげで人生をたっぷり楽しめたような気がする。
この本の最後に、私より若いであろう読者の皆さんに
ぜひお伝えしたいことは、
将来のことを必要以上に心配することはない、ということだ。
気を揉んでいたずらに時を過ごすよりも、
何でもいい、今からできること、したいことをしてみるといい。
まずは行動を起こすことだ。
老いは、考えていなくても誰にでも来るものなのだから。
母は飛行機に乗ることが好きだった。
私を初めて空に連れていったのも母である。
母は生前「私の遺灰は飛行機で空から撒いてほしい」と言っていた。
法的なこともあって、母の場合それは実現しなかったが、
インドのガンジー首相の遺灰は飛行機からヒマラヤ山中に撒かれたし、
エイズ患者として亡くなった俳優のロック・ハドソンの灰も、
孤独の死を遂げた後、遺言によってロサンゼルス沖合の、
私もかつて訪れたことのあるサンタ・カタリーナ島に撒かれた。
最近日本でも遺灰を海などに撒くことが許可されたから、
母は少々早く、死を急ぎ過ぎたかもしれない。
2 老いても自分に何か生きがいがあれば
そんな母・輝子の生前の口癖は、「もうじき死にますから」だった。
79歳で南極に出かけたりしたが、
「もうじき死にますから、今のうちに」と言い、私を脅迫した。
そんなこんなで母は私どもを脅迫し続けて、
100回あまり海外の旅を強行した。
父の墓には「茂吉之墓」と彫ってあるから、母の入る墓がない。
私は母のために別の墓をつくった。
その墓に実際に母が入るまでに30年かかった。
そんな母だが、いよいよ体も弱り、
亡くなる3か月前に最後の入院をしたとき、
付き添っていた私の家内にさかんにもらした言葉は、
「退院したら、メキシコのユカタンにまた行きたいわ」
であったそうだ。
「もうじき死ぬから」と言いながら、
「また行きたいわ」と母は言ったのだ。
しかし、入院する前年に行った箱根の山小屋のゲストブックに
「箱根はこれが最後だと思います。皆とてもよくしてくれて有り難う」
と記していることから、
すでにその時点で母は死期を悟っていたと思われる。
しかし母は、持ち前の負けん気で、
メキシコ云々と言っていたのかもしれない。
老いがきても、
今までの自分の人生に悔いがなければ、死を怖れる必要はない。
また老いても自分に何か生きがいがあれば、何もビクビクすることもないのだ。
3 今日の金言 斎藤 茂太(さいとう しげた)
仕事だけ、趣味だけ、家庭だけ、ではなく、
自分に合った「ほどほど」のバランスを心得ることが、
人生を充実させる秘けつだと思うのだ。
将来のことを必要以上に心配することはない。
今までの自分の人生に悔いがなければ、死を怖れる必要はない。
オザビエル(私)も今日の学びから、
自分に合った「ほどほど」のバランスを心得て、
残りの人生を、充実させていきたいと思います。
出典 『「もう疲れた」と思ったときに読む本』 斎藤 茂太(さいとう しげた) 発行所 実業之日本社 画像はヤフー検索から